No.004 坂本宜俊 准教授・中村承平 准教授(松山大学薬学部)

松山大学薬学部
坂本宜俊 准教授 ※写真右
中村承平 准教授 ※写真左

9月16日に行われたジュニアドクター育成塾第4テーマ「くすりを作る技術」では、一生涯を通じ身近に接する重要な科学である製剤技術について学びました。

当日の様子はこちら

今回の科学プロ図鑑は、講師を務めていただいた松山大学薬学部の坂元宜俊准教授と中村承平 准教授にご登場いただきます。

―本日の講座はいかがでしたか?

坂本:思っていたほど子供たちが戸惑ったり苦労したりしていないような気がして、楽しんでやってくれて意外とスムーズに進んだなと思いました。
中村: 全体の印象としては積極的に取り組んでやってくれていたという感じです。こちらのちょっとしたヒントで色々な事を考えて、色々なことに気づいている印象でした。答えてほしい方向に誘導しているんですけど上手い具合にその方向に答えてくれて。
坂本:子供ならではの気づきですよね。もしかすると大学生より色々なことに気づいているかもしれません(笑)。やはり小学生や中学生は時期的にも大学生より色々アンテナを張っていているなということを強く感じました。そして目がとても輝いていましたね。

普段大学生を教えてらっしゃる先生方から、受講生への嬉しいご意見がありました。
ここからはお二人が科学プロになるまでの歩みを教えていただきましょう。

【目次】
1 子どもころはどんなことに興味があった?将来の夢は?
2 なぜこの仕事をするようになった?
3 仕事をしていて一番嬉しい瞬間は?
4 仕事をしていて一番大変だと思うことは?
5 同じ仕事を目指している子どもたちに,いま頑張ってほしいことは?

1 子どもころはどんなことに興味があった?将来の夢は?

坂本:出身が埼玉ということもあって、子供の頃はサッカーばかりやっていました。友達もみんなサッカーやっていたので、遊ぶとなったらサッカーでした。勉強はあまり意識してやってはいなかったです(笑)。でもやっぱり工作が好きだったので、自由研究では工作をしていました。モノ作りが好きだったんです。それ以外はサッカーでした(笑)。将来の夢はあまり考えていなかったですね…これになりたいというのはなかったです。サッカーが好きでしたけどサッカー選手にはなれるとは思ってなかったです。なぜかっていうと土地柄的にサッカーが上手な人は周りにいっぱいいたから俺がサッカー選手になれるならそいつら全員なれるぞって感じで(笑)。

中村:私の場合も勉強と答えたいところですが勉強はあまりしていなくて(笑)、千葉出身で周りに海が多いこともあって、水泳ですね。一年中泳いでいました。勉強はあまりやってこなかったです。でも私の場合は親族に研究職の人がいて、叔父なんですけど、なんとなく将来そういうふうになれたらいいなあと考えていました。薬学、製剤とは限らないですけど何かしらの研究職に就けたらいいなというぼんやりとした夢はありましたね。

2 なぜこの仕事をするようになった?

坂本:もともと教員になるつもりはありませんでした。薬学部には入っていたんですけど学部に入った当初は薬剤師になるつもりだった。大学院に行った後は、企業に勤めるつもりだったんです。でもちょうど大学の先生に欠員が出たんですよ。それで、お前教員やらないかということで、教員になりました。教員になったのが23歳の時だから、学部出て半年で教員になったんですよね。だから教え子と対して年齢差がないわけで(笑)。大学教員っていうのはポストがあかないとなれないから、タイミングといえばタイミングですね。自分の研究室の教員の空きができたので、教員になった、という感じです。

中村:私は、母親が病院で働いていたので比較的医療現場が身近だったんです。そういうこともあって薬学部を選びました。でも坂本先生と同じで教員になるとは思っていなかった。薬学部では化学をやっていたんですけど、その時の化学の先生に褒められて調子に乗って大学院に進んだんです(笑)。今は製剤のことをやっているんですが、昔は主に洗剤や油のことをやっていましたね。ちょうど就職の時期が理系の教員が求められていた時期ということもあり、また、運よく大学側に空きが出来たこともあって、教員になったという感じですね。ただ、製剤の方に入ったのはほんとに運です。薬学部だったけど製剤に関しては全くの初心者だったので(笑)。

坂本:中村先生のキャリアチェンジは、角度がすごいよね

中村:そうですね、ここに来る前は光のこととかもやってましたよ。

3 仕事をしていて一番嬉しい瞬間は?

坂本:製剤学って新しいものを見つけ出す学問じゃなくて、既存のこういう効果があるよっていう薬をいかに患者さんが飲みやすく、使いやすくするかを探す学問なんです。 しかも、患者さんが飲めるようにするための使える添加剤が限られているので、その中で新しい機能を発揮させるのが難しくもありやりがいでもある。こんな機能を発揮出来たら患者さんはもっと使いやすくなるんじゃないかなとか、悩みながらやっていくのが面白いですね。教員としては、これは前々から言っているんですけど、私、学生の「わかった!」という顔を見るのが好きなんですよね。学生が悩んでいることに対して、どういう風に説明をしようかと言葉を考えて、それを説明して学生が「わかった!」となるのが一番好きです。それが僕の教員としての一番のやりがいですね。

―そうなんですね。今日の子どもたちの笑顔はいかがでしたか?
坂本:子供って純粋な疑問を持ってくるんですよね。自分が説明してそれが子供たちの中でうまい具合に繋がって、「ああ!わかった」ってなるのがやはり楽しかったです。

―中村先生はどうですか?
中村:製剤という学問分野は、一番一般の方の市場に近いお仕事をしている感じがして。一番皆さんに近いところの研究をすることが出来ている、それが魅力ですね。
教員としては、学生との関係が築くことができるところが魅力です。研究室には約三年間学生が所属します。そうなるとやはり家族じゃないですけど、家族に近いような結構近しい関係になっていくんです。学生が卒業する際には悲しいんですけど、とても感慨深く、それがまたやりがいになっていますね。

4 仕事をしていて一番大変だと思うことは?

中村:先ほども言いましたが、三年間も学生がいるとこちらの思っている通りにならないことも出てくるんですよ。そのギャップを埋めたり、そこまで引き上げたりするのに苦労します。そういう意味で長い教育は大変かなって。
坂本:薬学部って教える側としてもそうですが、雑多な学問なんですよね。化学や物理、生物や人の体の仕組みに加えて物質の構造使い方などを学ばないといけない。入ってくる学生さんも得意分野が違うので、得手不得手を見ながらこちらもやっていかないといけない。そうなると、学生一人一人を見るには時間が足りないです。その辺は大変ですね。

5 同じ仕事を目指している子どもたちに,いま頑張ってほしいことは?

坂本:いろんな勉強しなきゃいけないので、これだけ、ではなくて、様々なことに興味や疑問を持つことが必要だと思います。あとは、患者さんにとってどういう薬がいいか患者さんに対する思いやりの心を持つというか。薬って物質だけで成り立っているわけではなくて、患者さんに使われるからこそ薬なんですよ。相手に対してどういう風にしてあげたいか、相手はどう思っているだろうかなど相手のことをよく考えることが大事になってくるのでそういうことを友達関係の中で育てていってもらいたいですね。医療は人対人ですから、コミュニケーションがやっぱり大事なので。

中村:幅広い意味でやりたいことがあったらそれを目指して頑張っていくことが大事です。先ほど坂本先生も言っていたんですけど、コミュニケーションが必要になってくると思うんですよね。年齢関係なくいろんな人と関わって、友人を多く作ってその中で人との関わり方を身に着けていくことが必要になってくるのではないでしょうか。 専門的なことは大学に入ってからもできるので、それ以外の部分の人の気持ちを考える、というところを身に着けておいてほしいです。

坂本:あと最近薬剤師さんと話していて思ったことがありまして。日本語を読んで、何が書いてあるのか、さらに自分で日本語を使って表現するという力も必要だと感じました。 薬学部に限らず文章をたくさん読む、活字を読んでおくっていうのが非常に大事になってくるのではないでしょうか。

取材者:
スチューデント・キャンパス・ボランティア
メディアサポーター出版部
写真・文 杉山未来

スチューデント・キャンパス・ボランティア公式HP:
http://scvinfo.csaa.ehime-u.ac.jp/dantai/mspt/

常に人の健康と幸福を第一に考える製剤の科学プロたちが、子ども時代に学んでほしいことは人と人とのコミュニケーションや、想いを受け取り伝える手段である言葉でした。

「医療は人対人」「人の気持ちを考える」、科学は対象を深く理解しようとする気持ちが必要ということですね。

貴重なお話をありがとうございました。

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